自分づきあい

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    ⑰「地球人コミュニケーション」 

    12月11日に行われた2020年最後の月例ラボは、今までの私の学びをぎゅーっと凝縮して「地球人コミュニケーション」という形にまとめたものをシェアしました。

    時間に制限があって、かなり駆け足でしたが。。(ごめんなさい。。)

    今までずーっと、「幸せ」について探求を重ねてきて、人との関わりあいの中でしか生きられない私たち人間にとってどれだけ「コミュニケーション」が大切か。私たちの抱える問題の大部分は、人間関係に起因していて、人とのつながりの中にこそ幸せがある!ことを確信しました。だから、人とのつながりを強める、コミュニケーションについてより深く考えてみようと思ったのです。

    今はコロナの影響で外に出歩かなくなっていることで、人とコミュニケーションをとる機会も人によっては激減しているかもしれません。でもこういった社会不安が広がるときに一番頼りになるのは、やっぱり、愛のある、人とのつながりなのではないかと思うのです。

    こんな時、精神的に追い込まれる人達が多くなるのも、容易に想像できます。

    私が「地球人コミュニケーション」とネーミングしたのは、私たちは育ってきた文化が違ったり、異なる言語を話していても「みんながつながっている」という、地球規模、宇宙規模の大きな視野を持ったコミュニケーションを、今この時代が必要にしているのではないか。と思ったからです。

    地球人としての大きな視点を持ちながら、一番身近な自分の日常生活で実践していくコミュニケーション。

    コミュニケーションのテクニック、ではなく、根本的なコミュニケーションの考え方。

    対人コミュニケーションの前に、自分とのコミュニケーションが最も基礎になり、一番大切であるということ。

    自分の口癖や言葉をモニターしてみると、自分が無意識に持っていた思考の枠が見えてきます。

    「誰かが、こうするから」

    「あの人が、こうだから」

    「あの人のせいで」

    「コロナのせいで」

    「政府のせいで」

    とってもありがちな、こういう言葉。

    私は悪くない。周りが変わってくれれば私は幸せになれるのに。

    これは、ぜーんぶ受動の言葉。

    こういう言葉を使っているのは、思考が他人ベースになっている証拠。

    思考が他人ベースになっている限り、私の感情はずーっと他人の言動に左右されっぱなし。

    自分に起きているできごとを人のせいにして、自分は犠牲者になって、自分の人生の責任を自分でとろうとしていない。

    人のせいにすることで、本当に傷つけているのは自分自身の自尊心だということに、もう気づかなければいけない。

     

     

    「では、私はどうしたいんだ?」

    「この状況で、私にできることは何か?」

    そうやって自分と対話していくことで、自分の中に本来の自分のパワーを取り戻していける。

    つまりは、自分の人生のハンドルを自分で握る覚悟。

    失敗したって、傷ついたって、笑われたって、それでいい。

    自分で一生懸命に考えて、決断して行動したことは、自分が一番よく知っている。

    人のせいにしてごまかさなかったことは、自分が一番よく知っている。

    こうやって自分自身に力を取り戻していけば、一番深い部分で他人とつながれる。

    それぞれに痛みを抱えながら、それでも今いる場所で一生懸命に生きている他人に心から共感できるから。

     

     

    でも、それがすぐできなくても、決して自分を「ダメな人間だ」なんて思わないで。

    自分を一番大切にすること。疲れたら休むこと。無理しないこと。

     

    私たちは切り離されてなんかいない。

    だからまずは、それを腑に落とすために私たちのルーツを学ぶ。日本の歴史を学びなおす。

     

    古代から めんめんと続く命のリレーのバトンをうけとって、私たちは今存在できているのだから。

     

    今、きちんと動画にまとめようとしているところです。

    それではー。

     

  • 人づきあい,  自分づきあい

    あなたにはわからない

    私は、シングルで家族もいなくてひとりぼっち。

    ただ、毎日仕事をして家に帰って、一人で食事して疲れて寝る。それだけの繰り返し。

    心を許せる友達もいなくて、週末も一人。

    あなたなんかに、私の寂しい気持ちなんて、わからない。

    一体、何のために生きているのか。

    家族がいて「幸せな」あなたなんかに、私の気持ちはわからない。

     

    同僚と話したランチタイム。

     

    確かに、あなたの気持ちはわからない。所詮、他人だもの。

    でも、寂しくて、一人ぼっちで、不安で、きっと辛いんだろう、ってことくらい、あなたを見てたら痛いくらいにわかる。精神状態ぎりぎりのところで生きているってことも。

    でも、「シングルだから、寂しい」

    そういうものだ、って誰が決めた?

    「シングルだから自由で気まま」

    って考え方だってあるじゃない。

    しかも、本当に本当に、パートナーが欲しいって思っているのかな?

    本当は、心の中で、もう面倒くさいから、パートナーなんていらない、と思っていないかな?

     

    お願いだから、被害者にならないで。

    自分をかわいそうに思わないで。

     

    自分の中にあるすごいパワーが使えなくなっちゃう。

    本当は今の状態を変えていけるパワーが、あなたの中にあふれているのに!

     

    そう心の中で強く思いながら、私は口に出せなかった。

    頑なになっている心の壁。

    きっと、傷つきやすい自分を守るために、長年かけて厚くしてきてしまったんだろう。

     

    私たちは、自分の聞こうとすることしか聞けない。

     

    今は、ゆっくりお茶を淹れてあげることぐらいかな。

  • ハピネスラボ,  自分づきあい

    日本人であること

     
    あっという間に7月。
     
    先日は、今更ながら娘とネットフリックスで「君の名は」を見ました。
    今さら感いっぱいですが。
     
    となりで娘が寝落ちしている横で、私はモーレツに涙が止まりませんでした。ま、すぐ何にでも泣く体質なんですが。。
     
    そこで感じたこと。
     
    昔から、日本人であることの意味とか日本人であることを大切にする生き方ってどういうことなんだろう、とずーっと考えてきて、最近やっと明らかになり、わかったことがあります。
     
    それは、日本の建国の理念。
     
    私、知らなかった。建国の理念、なんて考えたこともなかった!
     
    私たちがどれだけ、戦後で洗脳教育をうけてきたか。日本の本当の建国の理念が隠されてきたのか。
    大学時代はずっと左側の思想の方が影響が強かったし、こういうことを言うとちょっと右翼っぽい!と疑いの気持ちがむくむくと湧き上がってきたりして。
     
    でも、自分のルーツを大切にすることなしにどうやってしっかり地に足をつけて生きていくことができるんだろう?
     
    特に海外に暮らしていると、自分のルーツを大切にすることがどれだけ大切かを身に染みて感じます。自分がどれだけ日本人であることを大切にしたいと思っているか、どれだけ日本を愛しているか。
     
    そして、どうして、これほど日本の若者達の自己肯定感が低いのか?自分が価値のある人間だと思えないのか?(内閣府 若者白書より)
    胸がしめつけられるようです。
     
    どうして、学校できちんと歴史が教えられてこなかったのか、どうしてテストの点をとるだけが目的の教育になってしまっているのか?
     
    ずっと不思議だった。
     
    ずーっと太古の昔から、自分が生まれるまではるかな時間をこえてつながれてきた命のリレー。
    いろんな大変な時代をこえてずーっとつながれてきた命のリレーのバトンを受け取って、日本人として生まれた今の自分がいる。
     
    なんてすごいことなんだろう。
     
    そして戦前までは、誰でも知っていたという日本の建国の理念とは

    「八紘一宇」

    つまり世界は一つ。人種平等と世界の平和。
    神武天皇が初代天皇に即位したときからの、建国理念。
    西暦でいうと、紀元前660年!

    どうしてこんな大切なことが教えられてこなかったのだろう。日本人として生まれながら、どうして今まで知らずに生きてきたのだろう?
    戦争責任、という国全体に広がる罪悪感。

    でも戦争がはじまったその頃は、世界中が欧州列国に植民地にされているような時代だった。有色人種は同等の人間として扱われていなかった時代。私たちは戦争でとっても辛く悲しい思いをした。でもその苦しみはもちろん日本だけに限られるわけはなく。

    でも、これから、罪悪感だけでどれだけ前に進んでいけるだろう。

    こんなにすごい建国の理念を持つ日本人の私たち。もっと、つながっていかないといけないんじゃないかな。

    私たち一人一人に実はすごいパワーがあって、そして私たちみんな、すべてがつながっている、という認識のもとではじめたこのハピネスラボの活動が一年になるときに、ちょうど、私にとって、最後のピースになるような「日本人であること」の意味。

    すべてがつながっている、ということは、太古の昔からずーっと日本の建国理念として静かに引き継がれてきたのか!この衝撃と感動といったら。

    その中で見た「君の名は」
    涙も出るわけだ。


     
     
     
  • 自分づきあい

    気が進まないことをするとき

    基本的に、したくないことは極力しません。

    でも、どうしてもしないといけないような場所に追い込まれるようなことがあります。

    そんな時の自問。

    今回の私の場合の頭の中をシェアします。

    今、コロナ後で歯科医院での仕事が思ったよりも疲れること。他の受付業務のスタッフがみんなコロナ休職させられている中、少人数でまわしながらの新しいマニュアルの作成など、仕事中は気合とアドレナリンで疲れを感じなくても帰ってくるとどっと疲れが出る、なんていう私らしくない状況。

    でも、一番やりたいのは来月で1年目になるラボの活動。メンバーシップ制にしてもっと、内容を充実させていきたいと、普段の私の頭の中は、このことでいっぱい。

    そんな中日本語を教えているGCSEの準備クラス。テキストに沿って当日ポンと教えているだけでしたが、子供たちが頑張っていて少しづつ力をつけているのがうれしい反面、きちんと準備したり計画したり、というところまできちんとできていない、というのがどこか心にひっかかっていて、そこまでのエネルギーや時間を使えない、気が進まない。

    だって、他のことににもっとエネルギーを使いたいんだもん!

    誰か、もっときちんとできる他の人に代わってもらえないかなー?

    でも、ジョブシェアよりも誰か一人でやったほうがいい気がする。

    みんなそれぞれにやりたいことや自分の生活を優先しているし、そしてやりたくないことはしないという法則に従うと、それが正しいと思うし、そうであるべき。

    みんな、やりたいことを優先して楽しくしているのが一番だもの。

    でも、そうすると、一体誰が教えることになるんだ?

    でも子供たちには日本語を教えたい。

    うーん。

    。。。。

    。。。。

    。。。。

    で、気づいたこと。

    このクラス、自分の娘がいるクラス。

    実は、仕事とか自分のプロジェクトとかで頭がいっぱいで、あまりゆっくり娘ときちんと向き合っていなかったかもしれないな。

    娘との時間は、二の次、みたいになってたかもしれないな。

    だって、やりたいことがいっぱいあるんだもの!

    忙しいんだもん!

    だから宿題とかもきちんとゆっくり落ち着いてみてあげてなかったかもしれない。

    一番大切な娘との時間。自分の娘が日本語を学んでルーツを学ぶという大切な仕事。

    GCSEというテストに向けていい点を取れるように、という目標があるのはいいことかもしれないけど、目的は本当はそこじゃない。日本語を学んで、日本人であるというルーツを大切にすること、日本を大好きになってもらうこと。頑張った!という達成感を持って、自分に自信をつけてあげること。娘たちの成長のために、一緒に歩いてあげること。

    この下の娘は、確かに私も、長女のときよりも気を付けて日本語を教えようとしていなかったかもしれないな。2番目って、そういう風になりがちなのかな?小さな時にじっくり時間をかけて手をかけて教えていた上の子は、幸運なことにGCSEの時も放っておいても自分で勉強してくれた。もちろん、すごく良い先生に恵まれたことはとても大きい!でも、この下の子は小さな時にきちんと時間をかけてあげなかった分、もっと今私の手が必要なのかもしれない。

    ハピネスラボ、なんて、外に向けて発信するプロジェクトが、自分や一番大切な家族、娘との時間を犠牲にすることで成り立ってしまっていたら、すごい本末転倒になるところだった。

    なんか、すごく大切なことに気づかさせてもらえたかも。

    あぶない、あぶない。

    だから、きちんと向き合って、やってみよう。

    娘との時間を大切にすること、娘の成長をしっかり見てあげること。

    そしてもちろん、毎週顔を合わせるうちに家族のようにかわいく愛しく思えるようになってきた、一緒に学ぶ子供たちの成長も。

    もちろん、無理しないように、周りに協力してもらいながら。

    ハピネスラボは、本当はこんな気づきのためにある。

     

    ラボ原則を、毎日の日常生活に起こる全てのことに落とし込んで考えていくこと。

    今回は、原則5の中に書いた

    「やりたくないことは、しない」

    どれだけ大切なんだろう。

  • 自分づきあい

    コロナ不安と私の気づき

    このラボを始めて、自分の本当に考えていることを表現するようになってから、本当に面白いことにたくさん気づくようになりました。

    昨日、友人の一人から言われた言葉に「へー!」と思ったので、シェアします。

    そのお友達は、こんなに世の中が大変な時に「日常生活天国化計画」とか浮ついたことを言っていて、申し訳ないなーとかって思わない?多分、ほとんどの人がそう思って違和感持ってると思うよ!

    ということでした。私は「わー!そういう風に思うんだ!」とびっくりして、面白い~とそう素直に思いました。

    同じものを前にして、見る人によってここまで感じ方が違うんだなー。って。

    私はもうどっぷりと自分ワールドに入っていたし、やっぱり親しいほとんどの人たちは自分と似たような考えかたをしているので、まさか人がそんな風に思うかも、ということにあまり考えが及んでなかったんだなー。と思います。

    考えの全く違う人と話すことって、本当に学びが多い!

    私は、今こうやって不安が広がっている時だからこそ、もっとみんなが元気になれるようなメッセージを広げていきたいと思っていたし、人の不安に巻き込まれて、全然大丈夫な環境にいる自分まで不安になったりしていたら、その不安が周りにも伝染して、周りに迷惑にさえなると思っていたから、元気でいられる人は堂々と元気にしていていいし、それが一番の社会貢献だと思ってました。

    もちろん、ソーシャルディスタンスを守るとか、極力家にいるとか、自分でできることをするのはあたりまえだけど。

    でも、元気にしていたら「申し訳ない」と思わないといけないような雰囲気がある? 

    確かに目の前に家族を亡くした人が泣いているのに、わざわざハッピーがどうたらと言うことはデリカシーがないかもしれないけど、自分も周りも元気なのに、なぜわざわざ自分が元気にしていられるのを「申し訳ない」と思うんだ??何に対して申し訳ないと???

    幸せでいることに対する罪悪感? なぜ?

    。。。。

    確かに、今回のことでよく考えさせられたのは、たくさんの人たちに助けられてこうして生きていられるんだなー、ということ。でも、もちろん感謝はたくさんしても、本当に罪悪感は必要?。冷静に考えて、どういうベネフィットがあるんだろう?

     

    というか、今、ふとそう書きながら、すごい発見をしました。

    私、あまり物事を不安に思わない体質みたい。

    不安って、どんな感覚なんだったっけ? しばらく感じてない気がします。

    こうなったらどうしよう?とか将来の心配をしちゃうとか。ない。

    おめでた体質😂

    確かに、とりあえず今仕事はあるし安定した生活をしているから(ありがたや~🙏)こんなのんびりしたことが言えるのかもしれないけど、でもコロナが騒がれ始めたころ、確かに私も「想定される最悪の事態」を考えていた時期がありました。それは家族が死んだり自分が死んだり、知らないうちに他人にうつしてしまってその人が死んじゃう、ってこと。家族の死に目にあえないとか、家族が苦しんでいる時にそばにいてあげられない、というのもかなり辛いと思う。家族に会えないまま、一人病室で隔離されて死んでいくのも。あるいは、病気にならなくても、周りに食べ物が何にもなくなって家族に食べさせられるものがなくなって、どんどんやせ細る家族を前に何もしてあげられないとか?そう考えて、森を散歩しているときに、周りに生えているものを見て、これは食べられるのかなー🤔とスキャニングしていた時期もありました...

    大体、不安って、あいまいだからエスカレートしちゃう気がします。

    何か説明できないけど不安、っていうのが厄介だなーと。

    でも、最悪の事態を考えたら、ただそうならないように今どんな対策を練ることができるのか、毎日どんな気持ちで家族や周りと接していれば何が起こっても後悔せずにいられるのか、と考えるようになって、そうやって実際に生活してみると、今の私にできることは全部やってるから、あとはもうお任せ。あとはそれを受け入れるだけ。っていう心境になってきます。ならない?

    あとは、何を信じているか。生死、というものをどう考えてきたのか。

    多分ほとんどの人が、そんな面倒くさいことあまりつき詰めて考えてこなかったのだと思います。だから、こういうことがあると、ショックも大きいのかもしれないな。と。

    私が見ていて本当に悲しいと思うのは、不安をコントロールできなくて、この大切な「今」という時間を無駄にしてしまっている人たちがたくさんいること。家族にイライラを当たり散らしているその時間に、本当はたくさん子供たちをハグしてあげたり、一緒に本を読んだり、もっと一緒に楽しいことをしてたくさん笑って過ごせたのに。

    だから、不安になった時は、ちょっと怖いかもしれないけど、ぜひ真向から「想定される最悪の事態」を考えてみたらいいと思います。そうすると、一日一日の過ごし方も感謝に満ちてくるし、実は自分がどれだけ家族を大切に思っていたのか、体の奥から愛情がふつふつと湧き上がってくるような感じにさえなると思います。後悔しないように毎日を過ごすとはどういうことなのか、を考えざるを得なくなると思うからです。いつか、私たちは必ずこの肉体を卒業するときがくるので。

    こういうことは、今までの目まぐるしく忙しい生活では考える機会さえなかったと思うので、こうやって、立ち止まって自分と向き合える時間をプレゼントしてもらえたこの機会は、すごいチャンス。

    本当にそう思います。