• ハピネスラボ

    ⑤Thrive

    【12月13日ラボ報告】
    今回のラボは、映画Thriveを一緒に見ました。

    ラボ初参加の人もいて、ちょっと内容が難しくヘビーだったという感想ももらったのですが。

    どんな知識を入れてみても、それを自分の日常生活に生かせなければ、全く意味がないから、この難しい映画の内容(物理学とか幾何学とか。。。)も、どういう風に自分の生活に生かすか、ということが一番大切で、それをいつも自分に問うことを忘れないようにしようと思います。

    ただ、自分たち一人一人には、気づいていないものすごいパワーがあって、現実を自分の思い通りにしていける力がある。

    私たちの現実は、自分の意識が作り出している。

    どういう風に生きていたいのか、これからどんな世界に住んでいきたいと思っているのか、それは私たち一人一人が選択して決めていける。

    もっと言えば、自分がどんな気持ちで毎日生きているか、その自分の在り方が周りの人たちに必ず影響を与える、ということ。

    決して周りと比べたりしないで、ただひたすらに、自分が心地よくいられることを忠実に探して、徹底的にいい気分でいること。これが、一番大切。自分が楽しい気持ちになることは、ひとりひとり千差万別。

    心の底から楽しいことをしている時、いい気分の時、自分に一番パワーが宿る。

    この映画を見たのは、私たちが知らないうちに社会にコントロールされているということに気が付くためで、社会の常識と言われているものから少し距離をおくための視点があるというのはいいことだと思ったので。コントロールされていることに気づいて、自分という存在のパワフルさを思い出すこと。

    2019年最後のラボでしたが、このよちよち歩きの私のプロジェクトをサポートしてくださったみなさん、本当に感謝しています。本当にありがとうございました。

    今、ラボの基本ポイントをぎゅーっとまとめて形にしているところです。そのうえで、新年度からはその基本ポイントを毎日の日常生活に具体的におとしていくための様々なトピックを用意していこうと思います。

    2020年最初のラボは、1月10日(金)7pm-「断捨離」をテーマにします。詳しくはまた後日改めて。

    では、みなさん、どうぞよいお年をお迎えください!🥰

  • おしゃれ

    おしゃれは大切

    ずいぶんと前のことになるけど、NetFlixで、Advanced Styleという映画を見て、すごくいいな、と思った。

    Iris Apfel ❤❤❤

     この人本当にステキ!一気にファンになってしまった。

    自分がいい気分でいるために、自分が本当に好きなものを着る。この潔さ、かっこいい。

     

     「誰が何と言おうと私はこれが好き。」

     

    確かに、人と同じように、目立たないように、と思ってするおしゃれなんて、本当はつまらない。

    90歳を超えるこのステキな女性のスタイル!

    おばあちゃんなんて呼ばせない、この気迫。

    こんな女性の先輩がたくさん増えたら、私たちが年をとることなんて怖くないし、この世界はもっとカラフルでたのしくなるんじゃないか、と思う。

    この年でこの色は着れない、というのではなく、この年だから、もっと楽しく自由に着てみよう。という、意識。年を重ねて、自由になった意識でするおしゃれ、そんなのって本当にステキ😍

     

     昔、大好きな宇野千代さんが言っていた

    「おしゃれをしないのは、泥棒よりも醜いとおもいます」😆

    という言葉の迫力に国境と時代を超えて、同じスピリットを感じる。

    「おしゃれをしないのは醜い」と言ったのはつまり、自分をきれいに見せようとする、きれいでいようとする向上心とか美意識とか、そういうポジティブなマインドが欠落しているように見えるからかな。

     

    私たちには、いつも、自分をごきげんに保っておく、という責任がある。

    なぜか。

    それは、自分のいい気分は周りの人たちもいい気分にするから。でも、それよりも何よりも、自分の気分がいいほうが、気分悪く生活しているよりも楽しいから。

    当たり前か?

    人生の目的は、なるべく毎日気分良く生活すること、それに尽きると思う。

    「幸せ」って、つまり、今この瞬間を気分よく生活している、っていうことの積み重ね。

    だから、いつも自分をごきげんに保っておくための自分なりのツールはたくさんあったほうが楽しい。

     

    ✨👗おしゃれ🎀👗✨
     

     これほどに、自然と気持ちがうきうきするものってあるかな。

    お金はかけなくたっていい。限られた予算の中で、どうやってお気に入りを見つけられるか、そういうのだってゲームとして楽しんでしまえばいい。

    それを、お金がないから。とか時間がないから。ってあきらめてしまわない。

     

    ティーンエイジャーの時に見た昔の映画、Pretty in Pink のMolly Ringwald が大好きだったのも、

    「風と共に去りぬ」のVivian Leeがステキだなーと感じられるのも、

    それはつまり、逆境におかれても、頭を使い工夫して「おしゃれをする」ということを忘れず、強くポジティブに生きる姿が感動的だったからだと思う。

     

     そして、なんだかんだ言って、人は外見で人を判断する。

    運だって、きれいにしている人のところに集まっているみたいだし。

    おしゃれをしてきれいにしている人の周りは、やっぱりぱっといい空気が流れているような気がする。

    きれいにしている人の方が、身なりに気を使わない人と一緒にいるよりも、周りも気分がいい。

     

    結局、自分を大切にして、自分が本当に気分よくいられるもので自分の身をまとおうとすること、きれいでいようとするその意識がその人を美しくしていくのだろう、と思う。

     

    おしゃれって、とっても大事。💝

     

  • たべもの,  ハピネスラボ

    ④おいしいごはんシェア会

    【11月8日ラボ報告】

    今回のラボは、先日参加した「おいしいごはん」上映会のシェアと、その映画のメインであるちこさんの著書「神様ごはん」のミニ朗読。そして音声ガイドに沿ったメディテーション。

    ラボのメインメッセージである、「自分と自分に起こることの間にはスペースがある」ということや、全てはエネルギーであるという気づきを、リラックスしたおしゃべりの中で、日々起こるいろいろなできごとの中にどう落とし込んでいくかについて話しました。

    不快な感情が出てきた時はその感情に飲み込まれず(スペース、スペース!)この感情が出てきたもとになる、自分の隠れた信念体系を見つけてみる。

    苦労しないと成功できない、一度始めたことはイヤでも最後までやりとげなければいけない、親が子供の将来を導いてやるべきだ・・・

    今まで無意識に信じてきたこと、いったんよく観察してそれは本当か疑ってみる。答えはムリに出さなくてもいい。ただ、気づいてみる。

    私たちの毎日は、もっとラクチンで楽しくっていい。

    日常生活天国化計画、推進中。

  • たべもの,  ハピネスラボ

    【特別編】「おいしいご飯」上映会

    【美味しいごはん】

    この土曜日は「和みのランチ」のあつこさん主催の「美味しいごはん」上映会、デモマーチで大混雑のロンドンで参加してきましたー。

    ハピネスラボの趣旨にまるっきり、ぴったり合致したメッセージにうなずきがとまらない2時間でした。うれしいー。

    人生を変えるおにぎりの力。

    体と心は、光でできている。健康、幸福を手に入れたければ、食べ物から光を吸収すればいい。そのためには、食べ物を変えるのはもちろんのこと、食べ方を変えるのがいちばん早いよ
    「いのちのごはん」より

    光、それは、やっぱり、愛。

    食べてくれる人の幸せを願いながら作る食事、私たちの体に栄養を与えてくれる食べ物やその食べ物がこの食卓へのぼるために必要だったあらゆるものへの感謝の気持ち、その気持ちが食事を特別なものにする。

    そう思ったら、今は亡き祖母のことを思い出した。祖母のあたたかい思い出は、手間暇かけて丁寧に作ってくれた食べ物と共にある。

    愛情たっぷりのごはんを毎日食べさせてもらった子供時代だったと思う。

    それが、どれだけ大切なことだったか!

    私は祖母が私にしてくれたように、子供たちにきちんと愛情を伝えられているだろうか?

    忙しさを言い訳に、最も大切なことをないがしろにしてはいけない。

    そんなことを、祖母への感謝とともに改めて考えさせられた
    一日でした。

  • くらし,  ハピネスラボ

    ③日常禅とトイレ掃除

    先週10月11日金曜日に行われた第3回目のラボでは、周りのラボ仲間たちに「今さらー?」と笑われながら、神様が下りてきているとしか思えない!と思った衝撃の辻井伸行さんのピアノ演奏の動画を無理やり共有したり、はたまた、逆にこの人もすごいよ!とジャズピアニストの上原ひとみさんという方のことを教えてもらったり、好きなことをめいっぱい表現している人の生きる姿って感動するなー、としみじみしました。
    日常生活天国化計画に欠かせないポイントとして、今回は「トイレ掃除」について、トイレをピカピカに保っておく重要性、いつもトイレのフタを閉めておく、トイレの神様に捧げる祈りの言葉についてなどをシェアしたりしました。いつも無意識に使うところ、無意識に過ごす時間を、少しでも感謝と祈りの気持ちを持って過ごせるように、トイレをきれいにしていることで、自分の陰の部分を浄化させていく。

    実践レポート受付中!

  • くらし,  すまい,  たべもの

    家のしごと

    家の中の仕事をきちんとしている人に憧れる。こんなことを言うと、少し時代遅れな感じすらするかもしれない。

    女の人が家事をすること。女の人を家にしばりつける概念としてでなく、どうして家事をきちんとしている人がステキだと思うのか考えてみて、わかったこと。

    「家事は、そもそも、家族や身の回りの人やものに愛を表現する行為である」

    ということ。

    料理、掃除、すべてはエネルギーを整える仕事である。

    掃除は家の中のエネルギーを整える。きれいにお手入れされているものには、よい気が宿るし、家中が散らかっていると家のエネルギーも散らかって、そこに住む人の頭の中まで散らかってくる。

    静かな心持で生活するには、やっぱり禅寺のようにはいかなくても、自分の本当に気に入った必要最低限のものを持ち、それを丁寧に使い、置き場所を決めて、整理しておく。ということが大切なんだろうと思う。

    外で仕事をしていると、家の仕事が面倒くさく感じられたり、限られた時間で食事を作らなければいけなかったり、やらなければいけない仕事が山のようにあるように感じることもある。ちょっと気を抜くと、家の中は簡単に散らかるし、ほこりは絶え間なくつもる。

    でも、掃除を「家の中のエネルギーを整える仕事」だととらえると、義務というよりも自分が気持ちよくいられるエネルギーを作ることにフォーカスするので、楽しくなってきたりさえする。掃除をタスクと考えると辛くなるし、掃除が行き届いていないところが気になりすぎて強迫観念さえ感じたりすることもあるかもしれない。タスクを遂行していない罪悪感や無価値観まで出てくるかもしれない。でも、自分の「気分の良さ」にフォーカスして、できる時にできるだけ「気持ちよく」過ごせるように掃除をするのが、私の中で一番しっくりくるなぁと思う。そういう意識で掃除した家は、きっと空気が明るくて、家族もイキイキと暮らせるのではないかと思う。

    掃除が家の中のエネルギーを整える仕事なら、料理はまさに家族の健康をつかさどる大切な仕事で、最もダイレクトな愛情表現の行為であると思う。

    私はおばあちゃんっこだったが、祖母の思い出はおうおうにして食べ物と結びついている。いちじくの甘露煮、笹団子、きらずいり(新潟の田舎ではおからのことをこうよんでいた)

    私は幼いころから、家の畑からとれた新鮮な野菜いっぱいで、毎日愛情いっぱいに丁寧に作られた食事で育ててもらった。本当にありがたいことだったのだなぁ、としみじみ思う。だから、今でも祖母が作ってくれた料理を思い出すと、なんか涙が出る。

    毎日、朝から晩まで畑仕事に台所仕事。私にはちょっと真似できない、と思ってしまうけど、もっと家族にきちんと、愛情いっぱいに丁寧にごはんを食べさせてあげようと思った。

    これ以上に大切な仕事はないように思える。

  • 宇宙のルール,  自分づきあい

    「知っている」

    「知っている」には何段階もの層があるんだな、と思う。

    自分が「知っている」と思っていたことも、あとになってみると、なーんにもわかっていなかったんだな。と思うことがある。

    基本的に私は、何かを理解するのに時間がかかるほうである。何をするにも不器用で、理解が遅くて、ちょっと頭が悪いとずっと自分で思ってきた。少なくとも、何でもスマートにこなせるタイプではない。その格好悪さが、自分なりにちょっとコンプレックスだったりもした。でも、スマートでない分、私は何でも深く理解し、実感を持って体全体でわかることを求めていたのだということがわかって、自分がたまらなく愛しくなった。

    私が今、わかった、と実感していることは、自分のどろどろした部分と徹底的に向き合って、今まで自分に徹底的に問うことを課してきたからだ、という自負がある。これは頭だけで得た知識ではない。体全体でわかった時、今まで経験したことのない力が内側から湧いてくるのを感じる。

    これは頭で理解するのとは、全く次元が違う。いろんな情報や知識が氾濫している今、その情報が自分にとっての真実がどうかは自分の体に聞いてみるのがいい。おなかの感覚、そこからどんな感情がわいてくるのか?それは重くて暗い感情か、軽くて楽しい感情か。自分はどう思うのか?自分のフィルターをきちんと通さない知識は、上すべりで自分の栄養にならない。その知識は、人の上にたつためでも、自分をよく見せるためでもない。学ぶのは、知識を求めるのは、それが楽しくて仕方がないからだ。知りたくて、学びたくてうずうずするからだ。

    もちろん、そうやって知り得た知識は自分の血となり肉になり、そして周りに伝えずにはいられなくなるのではないかと思う。

    大人たちが変な干渉をしない限り、子供たちは放っておいても自発的にいろいろ学ぼうとする。

    本当は、そういった自然な成長欲求はきっと本来誰にでもあると思う。

    頭だけで分かった気になって、安心していたらもったいない。

    もっと貪欲に学んでいこう。

     

  • ハピネスラボ

    ①ハピネスラボ

    【2019年6月 初ラボ】

    2019年6月21日、夏至。

    この太陽のエネルギーがもっとも強く地球に降り注がれる夏至という日に、ハピネスラボという私の小さなプロジェクトを始動させました。

    一人一人がとてつもなく大きなエネルギーを持つ存在で、そのエネルギーを作る思考や感情の質によって、その場に影響を与えていける。そんなことを学んだとき、私も、今いるこの場所から、意識的にこの地球に愛や幸せを広げていくことがしたいと思いました。このプロジェクトは、そんな思いを形にするために、実験の場を作るためにはじめました。

    ここに至るまでのプライベートな私の経緯を話し、私がハピネスラボで大切にしたいミッションを話しました。

    ここでは、自分のエネルギーを弱める愚痴や、他人の批判などはしません。他人と自分は違って当然。パーフェクトな人なんて、どこにもいない。

    一人一人の違いを大切にしながら、ただ全部受け入れてオッケーにする。でも、ちょっとづついろんなことに気づいてお互いに学んでいく、そんなスタンスでこのラボをすすめていこうと思います。

    このハピネスラボに縁があった全ての人たちが、今よりもっと自由な気持ちで、それぞれの目の前にある現実を少しでも自分なりの「天国」に近づけていけますように。

     

     花森安治『灯をともす言葉』より詩も何篇か朗読してみました。

    ここでも少しシェアします。

     

     ぼくらの暮らしを、まもってくれるものは、

    だれもいないのです。

    ぼくらの暮らしは、けっきょく、

    ぼくらがまもるより外にないのです。

    考えたら、あたりまえのことでした。

    そのあたりまえのことに、気がつくのが、

    ぼくら、すこしおそかったかもしれませんが、

    それでも、気がついてよかったのです。

     

     

    美しいものは、いつの世でも

    お金やヒマとは関係がない。

    みがかれた感覚と、

    まいにちの暮らしへの、

    しっかりした眼と、

    そして絶えず努力する手だけが、

    一番うつくしいものを、

    いつも作り上げる。

     

  • 宇宙のルール

    新しい時代

    令和という時代になり、昭和の私はなんか急に年をとってしまったような気がする。

    イギリス暮らしの私の平成娘たちには、この日本の時代の変化が全くピンとこないようだけど、私は一人、これから日本は、世界はどんな風に変わっていくのだろう。と考えていた。

    きっと、これからもっと激動の時代になるだろうと思う。肩書とか、学歴とか、我慢とか、根性とかそういう古いものはどんどんなくなっていき、もっと、その人それぞれの素のままでつながれる、その人それぞれの本質で生きていける時代になると思う。

    もちろん、それは一人一人個人の選択だけど。

    その人の本当に好きなこと、したいことを素直に表現して、それはお互いにぶつからず、お互いに助け合える。

    お金なんかもらえなくてもかまわないほど好きでたまらないことを思い切りやって、それでみんなに喜んでもらって、その結果何だか知らないうちにお金がいっぱい転がり込んでくる。

    そんな風に働きたい。

    みんなと喜びを与えあい、みんなで一緒に豊かになっていく。もっと本来の自分の姿を思い出し、本来の自分のままで自由に生きていける。

    理想主義と笑われるだろうか。でも、実際に、現実をつくっていくのは私たちの意識なわけで。

    そうだとしたら、私たちはどのような現実をつくっていきたいのか、はっきりと意志をもって生きたいと私は思う。恐れや心配ごとに心を奪われて、びくびくと生きていくのではなく。

    うちの14歳の長女は、言わずと知れた韓国のポップグループ、BTSが大好きで、寝ても覚めてもBTS。通りすがりのトラックの小さな認証番号のようなアルファベットの中にもすかさず [BTS] の文字を見つける。この曲は35秒目から誰々のボーカルが入る。という驚きのおたくぶり。その止められない「好き」の気持ちのはけ口を探すかのように、彼女は自分でデザインしたBTSクッションを帰宅後、ちくちく縫っていた。そうやって、はじめて自分で時間をかけて作ったクッションは、同じく熱狂ファンの友達にプレゼントして、同じものをもう一つ自分にも作った。誇らしげで本当に幸せそうだった。

    12歳の次女はある仮想現実のゲームにはまって、なんとスタッフにまで昇進していたらしい(!?)彼女曰くこのゲームの中では「有名人」らしい。

    「ゲームばっかり、してないの!」と言いたくなる気もしないでもないけど、でもやっぱり私は、イキイキと好きなことに目をキラキラさせている娘たちを見ているのが、最高にうれしい。

    変なプレッシャーに負けたり、変な理屈を身につけず、自分の「好き」を大切に、そのまま楽しく幸せに生きていってほしい。

    本当にそう思う。

    自分がイキイキと心から幸せなら、周りの幸せを素直に祈れる。そんな風に周りにどんどん幸せを伝染させて、愛と平和の時代がつくられるのだと思う。

    新しい時代の幕開けに、そんなことを思った。

  • 人づきあい

    卒業かな

    とても影響をうけて、尊敬もしていた大学時代の恩師から、精神的に卒業した、と実感した日だった。

    気づけば、恩師の言うことは、今まで基本的に全て正しいと思っていた。とても博識で、社会的弱者に対する慈悲深いまなざしと、社会悪やくだらない常識、といわれるものに対する痛烈な批判。少しでも世の中をよくしていきたいと長年地道にたゆまず行動されている姿、今まで、自分の考えたこともないような洞察の深さで自分に見えなかった世界を見せてもらったりもした。

    ところが。

    去年からの凄まじい意識の変容の中で、それも全く変わってしまった。

    もちろん、この尊敬は変わることはない。

    でも、彼を前にして、私は本当に変わったのだな、と強烈に自覚した。

    私の真実は、他のどこでもない、私の中にある!

    彼の真実と私の真実は違って当然なのだ。

    人の真実は、自分一人一人が決めるものであって、自分よりも頭がいい、とか「えらい」と思える人に決めてもらうようなものではない。そして、自分にとって真実でないことは、お腹の感覚が、丹田が「違います」とざわざわしたり硬くなったりして教えてくれる。

    どんなに偉い人が目の前に現れても、私はもう、誰かを上において自分を下においたりしない。

    誰かを自分の上におくということは、同時に誰かを自分の下においているということじゃないか?

    それがいかにおかしいことだったかということに、今やっと気付いた。

    一人一人がそれぞれに、この地球にそれぞれのテーマを背負って修行に来ている。そう考えると、一人一人がとてつもなく愛しく思えてくる。地球的な考えで、人を比べたりジャッジしたり、というのがいかにナンセンスだったか。

    思えば、はじめてイギリスでは上司であろうがなんだろうが名前で同等に呼び合っている。そういう軽さが好きだなーと思う。

    でも、いつも思うけど、私は日本での「〜さん」という呼び方がとっても好きだ。
    とってもニュートラルで優しいと思う。イギリスでは、知らないお客様とかをちょっと丁寧によぼうとすると、男なのか女なのか、そして結婚しているのかそうでないのか、あるいはそういう風に呼ばれるのを嫌う、少し「ムズカシイ」人なのか、女だったけど今は男になった人とか、女の格好をしている男の人とか、難しいケースはいっぱいあって、そういうのをぜーんぶ関係なく、その人をそのままの人として尊重して「〜さん」と呼ぶやわらかい優しい日本語、好きだな。と思う。